展示構成

01

アメンイリイレト 
テーベの役人

アメンイリイレトは、カシュタ王(前760~前747年頃)の娘アメンイルディスの所領を管理していた役人で、その地域の名士であった。アメンイルディスの死後1世紀以上後の時代の人物であり、その地位から得た富によって立派に埋葬された。彼のミイラは、厚さ12cmにもなる亜麻布の層で覆われ、豪華なビーズネットが胸部から足首を覆うように置かれていた。極めて良好な保存状態で、古代エジプトにおけるミイラ作りのよい例の一つである。古代エジプト人は、来世で復活するためには肉体が残っている必要があると信じていた。死者の肉体はミイラとなることで、神に近い属性をもつ神聖なものとして作り変えられたのである。

豊かな領地を管理していた役人

アメンイリイレトの内棺と、
ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像

名前:アメンイリイレト

性別:男性

推定死亡年齢:中年(35〜49歳)

生前の推定身長:164.3 ± 2.9 cm

病名:癌、心血管疾患、歯科疾患、椎骨の病変

年代:末期王朝時代・第26王朝、前600年頃

出土地:おそらくテーベ

ミイラ作りに込めた想い

ヘヌウトメヒトのシャブティ

前1250年頃
テーベ出土

シャブティと呼ばれる小像は死者の身代わりとして、来世で死者に課された労役を代行する呪術的な力をもつと信じられた。本品は、アメン神の歌い手、ヘヌウトメヒトのために製作されたシャブティの一部で、来世で必要となる農具を携えたものもある。

胸飾り(ペクトラル)

前1250年頃
出土地不明

ミイラ作りの神アヌビスが墓の形をした建造物の上に座った姿で描かれている。その上部にはヒエログリフでアヌビス神の名前が刻まれている。胸飾りの裏側には、保護のシンボルであるジェド柱とティトの護符の装飾が施されている。

葬祭用の船の模型

前1985~前1795年頃
おそらくテーベ出土

船は古代エジプトにおいては重要な運送手段だった。死者の墓への旅、そして象徴的な意味では来世への旅を表している。中央には死者のミイラが安置され、前後に立って嘆く2人の女性は、おそらく冥界の神オシリスの妹、イシス女神とネフティス女神である。パピルスを手にした男性は、死者の来世への到達を助けるための儀式の言葉を読み上げる朗唱神官であると考えられる。

ジェドバステトイウエフアンクのカノポス壺

前380年頃~前343年頃
ハワラ出土

古代エジプトにおいて、肝臓や肺、胃、腸はそれぞれ人物全体を体現していると捉えられていた。それぞれの内臓はミイラ作りの過程で防腐処置が施された後、「ホルスの4人の息子」(イムセティ神〈人間〉、ハピ神〈ヒヒ〉、ドゥアムウトエフ神〈ジャッカル〉、ケベフセヌウエフ神〈ハヤブサ〉)によって守護されたカノポス壺に収められた。
02

ネスペルエンネブウ 
テーベの神官

テーベ(現ルクソール)で最も重要な宗教施設であったカルナク神殿の神官で、彼の職務は神像が安置された祠堂の扉を開け、聖油を捧げることであったと考えられる。ネスペルエンネブウのミイラには、数多くの護符や装身具が包帯の中に安置されていた。これらは死者を保護し、不死の力を得る手助けとなる呪術的な力をもつと考えられていた。古代エジプトでは八百万の神々が信じられており、神々は様々な姿で表現された。ネスペルエンネブウのミイラの棺にも、ハヤブサとタマオシコガネ(フンコロガシの一種)で表された太陽神(ケプリ神)やオシリス神といった、死者に新たな生命を与える力をもつ主要な神々を象徴する文様が色鮮やかに描かれている。

代々続く名家の神官

カルトナージュ棺に納められたネスペルエンネブウのミイラと、
CTスキャン画像から作成した3次元構築画像

名前:ネスペルエンネブウ

性別:男性

推定死亡年齢:中年(35〜49歳)

生前の推定身長:165.8 ± 2.9 cm

病名:心血管疾患、歯の強度な摩耗と歯科疾患

年代:第3中間期・第22王朝、前800年頃

出土地:おそらくテーベ

神々への信仰

ウジャトの眼形護符

前1070頃~前332年
出土地不明

ウジャトの眼(ホルスの眼)は、最も好まれた護符の一つである。「完全性」や「欠けたものがない状態」の象徴とされ、身につけることで怪我や危険から身を守ることができると信じられた。眼の下にある線は、ホルス神の姿として示されるハヤブサの眼の周りの模様を表している。

心臓スカラベ

前1550~前1070年頃、もしくはそれ以降
出土地不明

心臓スカラベと呼ばれる護符には『死者の書』第30章の呪文が刻まれ、護符のなかで最も重要な役割を果たした。古代エジプト人はこの呪文を唱えることで、死後の世界に向かう審判を受ける際に、心臓が生前の悪い行いを漏らさないようにすると信じていた。このスカラベには呪文の冒頭部分が刻まれ、所有者の名前を刻む場所が空白になっている。

ホルス神に授乳するイシス女神像

前664~前332年
出土地不明

膝の上に座った息子ホルス神に授乳するイシス女神の両側に、2柱の女神ネフティスとムウトが立っている。ホルスの父オシリス神を殺害したセト神が、ホルスを殺すことでエジプトの掌握を試みたが、イシスは湿地帯に身を隠すことでホルスをセトから保護したという神話の一部を示している。
03

ペンアメンネブネスウトタウイ 
下エジプトの神官

下エジプト(北部エジプト)に暮らしていたとされるペンアメンネブネスウトタウイは、バステト神などを祀った神殿に仕える神官だった。彼のミイラには、ミイラ作りにおいて通常取り除かれることの多い脳が残されており、ミイラ作りの手法は時期や地域によって変化した可能性があると考えられる。木棺やミイラからは、彼の遺体がテーベでミイラ化されたことが示唆され、遠く離れた南部の地で他界したようである。また、本展で展示される4体全ての成人のミイラには、「現代病」と言われるアテローム性動脈硬化症の症状が見られ、この病気が古代エジプトの時代から存在していたことがわかる。古代エジプトにおける病気の治療は、専門家である「スウヌウ」(医者)による薬を使った療法に呪術的な儀式、呪文が組み合わせられた。薬のなかには、蜂蜜や銅といった抗菌作用をもつものも含まれていた。

旅先で死んだ神官

ペンアメンネブネスウトタウイの内棺と、
ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像

名前:ペンアメンネブネスウトタウイ

性別:男性

推定死亡年齢:中年(35〜49歳)

生前の推定身長:167.8 ± 2.9 cm

病名:心血管疾患、歯科疾患、椎骨の病変

年代:第3中間期・第25王朝、前700年頃

出土地:おそらくテーベ

神官の暮らしと古代エジプトの食

円形のパン

前1550〜前1069年頃
出土地不明

この小さなパンは円形の模様で装飾されている。顕微鏡検査によって、大麦ともみ殻を含んでいることが示された。食べるためというよりも、死者への供物として焼かれたと考えられている。

ケフのステラ

前1250年頃
おそらくアビドス出土

神官たちは定期的に食べ物や飲み物といった供物を神々や死者に捧げた。このステラ(碑)にはヒョウの毛皮をまとった神官が、オシリス、西方の女神、アヌビスに向けた豪華な供物卓へ水を注ぎ、また香を焚く場面が示されている。

猫の青銅製像

前664〜前332年頃
出土地不明

ペンアメンネブネスウトタウイは複数の神官の称号をもっていたが、そのなかには「バステト女神の下僕」もあった。通常、バステト女神は猫の姿で表され、デルタ地帯の町、テル・バスタをはじめ、各地の神殿で崇拝されていた。この像のなかには元々猫のミイラが入れられていた可能性がある。

ネジェメトのワイン壺

前1550〜前1186年頃
出土地不明

ネジェメトという女性の副葬品であり、本来は少なくとも4点の壺で構成されたセットであった。壺に書かれた銘文には、デルタ産のワインが入っていたことが記されており、他の壺には南部エジプトのワインが入れられていたと推測される。ワインは饗宴や祝祭の際に好まれた贅沢な飲み物であり、酩酊は生活の豊かさの表れとして認識されていた。
04

タケネメト 
テーベの既婚女性

タケネメトは前700年頃に生きた既婚の女性で、そのミイラは3層に入れ子状になった棺の中に納められていた。棺にはタケネメトが、オシリス神などの神々の前でシストルムという楽器を奏でる姿が描かれている。彼女の死亡時の年齢は35〜49歳と推定されるが、内棺には若い女性として描かれている。タケネメトのミイラは、幾層もの布で丁寧に包まれ、数千ものビーズで作られたビーズネットが置かれていた。CTスキャンの結果から、髪は頭頂部で束ねられてミイラにされていたことが明らかになった。

裕福な既婚女性

タケネメトの内棺と、ミイラのCTスキャン
画像から作成した3次元構築画像

名前:タケネメト

性別:女性

推定死亡年齢:中年(35〜49歳)

生前の推定身長:151.5 ± 2 cm

病名:心血管疾患

年代:第3中間期・第25王朝、前700年頃

出土地:おそらくテーベ

高い美意識と音楽

弓形ハープ

前1550〜前1069年頃
テーベ出土

弓形のハープは、しばしば古代エジプトの墓の壁画や神殿のレリーフに表された。たいてい、奏者は座り、肩でハープを支えていた。本体には繊細な装飾が施され、先端は人間の頭部の形をしている。5本の弦(後世に新しく追加)は、本体に差し込まれた木製のねじに取り付けられている。

襟飾り

前2040〜前1985年頃
ディール・アル=バフリー出土

襟飾りは、エジプトの装身具のなかで最も特徴的なものの一つである。「幅広いもの」を意味するウセクと呼ばれ、その多くは複数段のビーズの連なりで構成された。墓のレリーフや壁画では、一般的に女性が胸部に装着している。この襟飾りは、いくつかの腕輪などとともに墓から発見された。

ニムロト王子の腕輪

前940年頃
伝サ・アル=ハガル出土

この精巧な腕輪には、本来ラピスラズリがはめこまれていた。子どもとして表現されたホルス神が、頭上に三日月と円盤、額にはウラエウス(立ち上がるコブラ)を戴き、創造の象徴である蓮の花に座っている場面が描かれている。この腕輪は、第22王朝最初の王シェションク1世の息子であるニムロトと呼ばれる王子のものだった。
05

ハワラの子ども

古代エジプトでは子どもの遺体がミイラにされることはほとんどなかったが、ギリシャとローマの支配者がエジプトを統治したグレコ・ローマン時代(前332~後395年)になるとその習慣は増加したようで、多くの例がエジプト北部ハワラの墓地遺跡から発掘されている。このミイラの死亡時の年齢は3〜5歳で、彼の小さな体は丁寧に幾層もの布で巻かれていた。頭部の布には、大きな目に短い前髪と長い襟足をもつ幼い男の子の肖像画が繊細に描かれており、彼が裕福な家庭の一員だったことを示している。古代エジプト人にとって「家族」は生活の中心に位置づけられており、その様子は絵画や彫刻にも頻繁に描かれた。子どもたちは家族の構成員として描かれるのが常であり、大抵は裸で、頭の横で一つに束ねた髪房や口元に指を置いている姿で表されることが多かった。

大きな瞳の男の子

子どものミイラと、
CTスキャン画像から作成した3次元構築画像

名前:不明

性別:男性

推定死亡年齢:幼児(3〜5歳)

生前の推定身長:約81cm

病名:特になし

年代:ローマ支配時代、後40〜後55年頃

出土地:ハワラ

子どもの暮らし

イチュウとヘヌウトウェレト、その息子の像

前1400年頃
テーベ出土

肩を組んで座る神官イチュウと彼の妻ヘヌウトウェレト。彼らの間に挟まれた小さな像が息子のネフェルヘブエフである。父、母、子どもからなる理想的な家族構成は神の世界にも反映され、神々はしばしばオシリス神、イシス女神と彼らの子どもホルス神といった三柱神として表された。

翼のあるイシス女神とホルス神の像

前664〜前30年
サッカラ出土

神話においてエジプトを支配していたとされるオシリス神が弟のセト神に殺された後、オシリスの息子ホルスはセトと王位を争った。子どもだったホルスは母のイシス女神によって隠され、邪悪で危険なセトやヘビなどから守られ、勝利した。この逸話は、すべての子どもたちを呪術的に保護する力をもたらすと考えられた。

魚形護符

前1900〜前1800年頃
出土地不明

魚の形をした護符は、子ども、特に少女が身に着けるものだった。古代エジプトにおいて、魚は再生を象徴しており、着用者の再生を促進するために用いられたと考えられる。

車輪がついた馬の玩具

前30年以降
アクミーム出土

ローマ支配時代の出土遺物には、様々な種類の玩具もある。この車輪のついた馬の玩具は現代のおもちゃにも通じるもので、馬のたてがみ、鞍、馬を縛るバンドが描き込まれている。
06

グレコ・ローマン時代の若い男性

グレコ・ローマン時代でもミイラ作りは慣習的に継続されたが、その技術や様式には変化が見られる。特に、ローマ支配時代になるとミイラの外見がより重視されるようになった。この若い男性は、ギリシャ支配時代(プトレマイオス朝時代)あるいはローマ支配時代初期の人物と考えられるが、棺に詳細は表記されておらず、個人についての情報は判明していない。CTスキャンの結果、このミイラは胸部と腹腔が大きく破損していることがわかった。肉体はミイラ化された後に中背部から手が加えられた痕跡が見られ、価値の高い護符が取り出されたとみられている。また、一部を除いて骨の成長がほぼ終わっていることから、死亡時の年齢は17~18歳と推定される。

金のマスクの青年

若い男性のミイラと、
CTスキャン画像から作成した3次元構築画像

名前:不明

性別:男性

推定死亡年齢:青年(17〜18歳)

生前の推定身長:162.9 cm ± 2.9cm

病名:特になし

年代:プトレマイオス朝時代後期〜ローマ支配時代初期、前100〜後100年頃

出土地:おそらくハワラ

異文化との交わり

バーが配された棺の模型

前332〜前30年頃
アクミーム出土

古王国時代以降、棺は古代エジプトの埋葬の核心となり、ほとんどの場合、その所有者を加護するための銘文や図像で装飾された。このミニチュアの棺は内部に空間がなく、ミイラを納める意図はなかった。しかし、実際の棺と同じ複雑な装飾が施されている。中央のジャッカルは明らかにアヌビス神を表しており、蓋の4隅にはバーが配されている。棺本体の側面に交互に見られるジェド柱とティトの護符の装飾は、それぞれオシリス神とイシス女神を示している。

黄金のカルトナージュのミイラマスク

前100〜後100年頃
出土地不明

埋葬におけるマスクは、プトレマイオス朝時代からローマ支配時代にかけても使用され続けた。食事や言葉を話すための感覚器官が集まった頭部は古代エジプト人にとっても重要であり、ミイラ職人はその保存に特に注意を払った。この像は理想化された姿をしており、黄金の顔をもつエジプトの神々に変身した死者を表している。

女性のミイラ肖像画

後190〜後210年
伝アル=ルバイヤート出土

ミイラ肖像画において最も一般的な、顔料と蜜蝋を溶かし混ぜた蝋画技法によって描かれている。画家は肌色の精緻な違いを出すために、多くの小さな筆を使用したと考えられる。女性の首飾りにはエジプシャン・ブルーが使用されていると考えられていたが、分析の結果、インディゴ(藍)の一種が顔料として使われていることが明らかとなった。

ヘビの形をした3柱の神々の指輪

後1〜後100年頃
出土地不明

装飾品は神の加護を保証するものとして用いられた。1柱または複数の神々を指輪やペンダントに描くことで、神の加護が与えられると信じられたのである。この指輪にはセラピス、イシス、ハルポクラテス(または子どものホルス神)の3柱の神々が表されている。セラピス神はギリシャとエジプトの異なる信仰や文化の架け橋となるために創造された神である。

© The Trustees of the British Museum

日本だけの特別展示も!

日本人による最新の発掘調査を紹介!
本展では日本独自の特別展示として、遺物が博物館で展示される前の発掘調査についても紹介します。現代のエジプト学における最前線の事例として、監修者の河合望・金沢大学教授を隊長とする日本エジプト合同・北サッカラ調査隊が、2019年にサッカラ遺跡で発見したローマ支配時代(後1~後2世紀)のカタコンベ(地下集団墓地)を紹介。現在も調査が続いている内部の様子を、本展のために特別に実寸大の部分模型で再現します。また、日本人がどのように古代エジプトの存在を知り、研究を続けてきたか、400年以上前に溯るともいわれるその関係を、写真や展示物などでたどります。

サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベ前での発掘調査

サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベ

サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベの入口

© North Saqqara Project, Kanazawa University

初公開!“かはく”の猫のミイラ
ネコのミイラ
この標本は、阿波・徳島藩の18代当主である蜂須賀はちすが正氏まさうじ氏がエジプトで入手し、国立科学博物館に寄贈したものです。鳥類学者であり冒険家でもあった蜂須賀氏は、1923~1924年にかけてエジプトで調査旅行をしており、1922年に発見されたばかりのツタンカーメン王墓を日本人として初めて訪問したことでも知られています。本展では、この猫のミイラのCTスキャン画像をもとに作成した映像も紹介します。